あなたの「想像を超える」エピソード 受賞作品公開

最優秀賞 東京都 佐々木幹雄様「よろしおま。まかせてくんなはれ」

佐々木幹雄様

 アメリカ国内には、一機の航空機が数カ所の空港を経由するルートがある。その時私は、途中に3つの空港に着陸する便に乗っていた。私が降りるのは3つ目のアトランタだった。
 しかし、10日以上の長旅の影響でぐっすりと寝てしまい、気がついたらどこかの空港に着いていた。全員が降りているのではないので、最終目的地ではなさそうだ。ここがアトランタか? 両隣の乗客に聞いたが言葉が通じない。腕時計を見ても、アメリカ国内の時差がわからず、はっきりとは断定できない。客室乗務員を探しても見当たらない。機内アナウンスは、間もなく出発すると言っている。

どうする?降りるか?このまま乗っているか?とりあえず手荷物を持って出口に向かった。ドアの外にいる空港職員に“Atlanta?”と聞くと、しげしげと私の顔を見て“Yes,yes!”と言う。安心して飛行機を降り、ロビーに行って愕然とした。
 ここは2つ目の着陸地=ミネアポリスではないか!
 まさに血の気が引いた瞬間だった。頭の中を様々な問題が駆け巡る。預けてある荷物、代りの便、費用、手続き、そして彼女のこと!
 カウンターに行き、拙い英語で「この空港に日本語を話せる人はいますか?」と聞いてみた。この時の“拙さ”が私の運命を変えるのだが、その時はまだ知る由もない。係の女性はしげしげと私の顔を見て“Yes,yes……just wait.”と言い、ロビーの椅子を指差す。
 15分程待たされると、その女性が玄関口に停まっている豪華なリムジンを指差し、とにかくそこへ行け、とジェスチャーでアピールしている。仕方なくその車に向かうと、日系人らしき老夫婦が迎えてくれた。
「何か事情がありそうでんな。ま、その話はおいおいと。今日は私達に付き合いなはれ」
 日系三世だというカワムラ氏のちょっと不思議な日本語解説付きで、ミネアポリス観光が始まった。車中で私は、間違ってここの空港で降りてしまったこと、そして日本から出発する時、つきあっている年上の彼女に結婚を申し込んだことを話した。彼女の答えは「帰って来たあなたが成長しているようだったら考えても良い」というものだった。とにかく返事をもらうためには、予定通りの便で成田に着かなければならない。何とかならないものだろうかと尋ねると、カワムラ氏は「よろしおま。まかせてくんなはれ」と笑うばかりだった……。
 街の名所を巡り、最後に連れて行ってくれたのは郊外にある山の麓。巨大なすり鉢の底のような場所から見上げると、山々が四方から間近に迫り、赤、黄、橙の原色が山肌に張り付いている。圧倒的な自然がそこにあった。
   奥さんと手をつないでニコニコと笑っているカワムラ氏は言った。「飛行機のチケット代とか、手続きとかは大した問題ではありまへん。それより、今目の前にあるこのグレートな自然にカンドーする心を忘れてはあかん。世界にはお金で買えないものがギョウサンありまっせー。ボーイ、たくさん学びなはれや」
 もの凄い勢いで涙が溢れてきた。私は小さな声で「ありがとうございます」と言うのがやっとだった。そんな私を指差し、カワムラ氏は奥さんに「セイチョーしてはる、セイチョーしてはる」と繰り返していた。
 カワムラ氏の住まいは大邸宅ではなかったが、調度品にも庭にも細やかな気遣いを感じさせてくれる素敵な場所だった。奥さんが用意してくれたシチューがメインの晩餐も、凝ったものではないが作り手の優しさが伝わってくるものだった。こんな家庭を彼女と作れたら、どんなに素晴らしいことだろうか!!
 食後にカワムラ氏は「わては占いに凝ってるさかい、その女性の名前と住所、電話番号を教えてくらはりまっか」と言う。不思議な占いだなとは思ったが、もちろん答えた。
 翌日、朝食の席で航空券を渡された。礼を言い、日本に帰ったらすぐに送金しますと告げると、即座に「いりまへんがな」。
 カワムラ氏は続けた。「日本には好い言葉がありまんな。シュッセバラーイ! ただし、わてに返さなくてもいいのんや。いつの日か、困っている人に出会ったら助けてやってくんなまし。それがシュッセバラーイや」
 カワムラご夫妻とミネアポリス空港でハグをして別れた。また泣いてしまった。
 成田に着くと、ちゃんと私の荷物は届いていた。そればかりではない。彼女がそこで待っていたのだ。そうか、カワムラ氏の「占い」というのはこのことだったのだ。やられた!
 私が何と話したら良いか迷っていると、彼女は私をしげしげと眺め、「ま、ちょっとはセイチョーしたかな」
 私は判決を待つ被告人のように、緊張しながら次の言葉を待った。
「ひとつだけ条件があるの……新婚旅行はミネアポリスに行って、カワムラご夫妻に私を紹介すること」
 私は即答した。
「よろしおま。まかせてくんなはれ」